2007年度に株式会社ケアレビューが実施した病院職員満足度調査で、他の病院を大きく引き離して職員満足度No.1となった阪南中央病院。6年前に大阪府からの財政的支援打切りを受け、自立民営化路線を歩き始めた同病院は、職員が一丸となった経営改革を断行して2007年度に初めての黒字化を達成しました。
まさに病院経営のV字回復を成功させ、結果的に高い職員満足度を実現した同病院には学ぶべきことも多いため、今回特別に病院名を公表することを前提として取材にご協力いただきました。
阪南中央病院の沿革
1973年10月、国の同和対策事業特別措置法に基づき、大阪府と松原市の共同出資による財団法人として阪南中央病院は開設された。以降、地域のために質の高い医療を提供するとの創立理念のもとで病院は運営されてきたが、開院以来の赤字体質が続き、大きな累積損失を抱える状態であった。
同病院に転機が訪れたのは今から6年前のこと。根拠法の終結と大阪府の財政危機により同病院への補助金が打切りとなり、その後2年間の準備期間を経て2004年4月に医療法人化され、“民営化”による事実上の自立再建を迫られた経緯にある。
この時期に職員の報酬は大幅に削減され(一般職員で平均20%、幹部クラスでは30%以上カットされるケースもあった)、多くの職員が退職していったが、逆に残った職員には大きな意識の変化があったという。
橋本事務局長は、当時の様子を次のように振り返る。「医療に恵まれない人に質の高い医療を提供するという理念に賛同する職員がもともと多かったことも事実ですが、大幅に給与をカットされても残った職員は病院への愛着がとくに強く、残った皆の力でこの病院を良くしていこうという気運が大いに高まりました」
V字回復の成功は、全員参画のビジョンづくりから
この時期に、阪南中央病院では半年ほどの時間をかけて職員が参画するワークショップを継続的に開催し、「この病院をどのようにしていきたいか」ということについて徹底的な議論が重ねられた。
当時の阪南中央病院は約300床の総合病院であったが、急性期病院としての生き残りには中途半端な規模でもあり、行政内部には療養型病床への転換を求める声も多かったと聞く。しかしながら、残った職員が「この病院の使命や役割」や「自分たちが提供したい医療」を徹底的に議論した結果、「急性期病院としてこの地域の医療を支える」という結論が導き出された。そして、そのような過程を経た将来ビジョンが全職員のコンセンサスを得ることとなり、そこからV字回復への歩みが始まったのである。
阪南中央病院の経営改革成功のポイントは、まさにこの時期の『“場”の共有』にあったと考えられる。公立病院でも民間病院でも、病院の理念や経営方針は所与のものとして職員に示されていることが多い。ところが、阪南中央病院ではこの理念や方針の策定に当時の職員の多くが関与することができ、言わば各職員の“思い入れ”が集約されて具体的な形になったのである。結果として、各職員が「自分の病院」という経営者に近い意識を持ち、病院の目指す方向性に自分の夢を重ね、その後の経営改革の原動力となったことは想像に難くない。
目標への納得感が、人を動かす
急性期病院として生き残るとの基本方針さえ固まれば、あとは具体的な施策を着実に実行していくだけだ。ただし、一人ひとりの職員が納得して取り組むか、いやいや対応するかには、大きな違いがある。
新生した阪南中央病院がまず着手したのは開放型病院化(2002年7月)による地域連携の推進。その後、病院機能評価の取得(2003年11月)、DPC移行(2006年4月)、7対1看護基準(2006年4月)と、これからの急性期病院に求められる要件を次々にクリアし、2007年度についに開院以来初めての黒字化を実現した。実質5年間でまったく別の病院に生まれ変わったと言っても過言ではない。
この間、阪南中央病院では給与のベースアップが凍結され、賞与も満足に支給されることはなかったという。通常であれば職員の不満が噴出しても仕方がないところだが、阪南中央病院では職員のモチベーションが下がることはなかった。
「病院機能評価やDPCへの対応などは大変でしたが、やらされていると感じたことはありません。経営がしっかりしていないと質の高い看護を提供できないから、当たり前のことですよね」と、現場の看護師がさりげなく話す言葉に、これまでの成功が明らかな自信となり、さらに上を目指す意欲の高まりを感じた。
現在では、バランススコアカードの運用や、ベッドサイドでのカルテ開示など、より先進的な取組みも始まっている。彼女(彼)たちは「病院を黒字にするため」に仕事をしているのではなく、「質の高い医療を提供するため」に必要なことを着実に(しかも自発的に!)行っているだけなのである。
看護師のモチベーションを支える「看護の目的」
ただし、病院の組織は大きなビジョンを描くだけで動くものではなく、地道な日常業務の積み重ねであることも忘れてはならない。すなわち、組織の目標や理念に納得感があることに加えて、それが現場に深く浸透するための『仕組み』も不可欠である。
阪南中央病院では、目標や理念の確認作業が、日々執拗なまでに繰り返されていることも大きな強みとなっている。そのことを、看護師の日常業務から探ってみたい。
阪南中央病院の看護部では、看護の目的を「患者中心の医療」などの漠然とした言葉ではなく、「患者の自然治癒力を手助けすること」と具体的に明文化している。そして、「看護の目的」⇒「条件・状況」⇒「方法・システム」という“三段重箱の発想”を繰り返し、方法論ばかりに走って看護の目的を見失わないための現場教育を徹底して行っているという。
具体的には、日常の看護業務の中で患者対応や病棟運営について職員から何らかの提案が出てきたときに、上司から必ず「その目的は何か?」という問いかけを行うことがルール化されている。そして、目的が明確でない場合や目的に合致していないことは、いかに方法やシステムが理にかなっているように見えても再検討を求められるのである。
「患者の自然治癒力を手助けするという看護の目的は、ナイチンゲールが提唱した非常に高度な看護理論に基づいています。病気になったとき、傷を負ったとき、身体の中では治そうとする力が働いていて、それには法則があります。この法則を知り、順調に回復がすすむように助けることが「看護」だと定義しているのです。したがって、患者の体の中の変化について専門的な知識がなければ、正しい看護を行うことができません。現場の看護師から積極的に提案を受け入れる一方で、しっかり勉強しなければ認められないという雰囲気づくりにもつながるのです」(石川看護部長)
看護の目的の確認は、一見すると単純で地味なことのように思えるが、実は非常に重要で奥深いステップである。職員の一人ひとりを専門性の高い仕事を行うプロとして扱い、プライドを刺激し、自己学習と成長を促すための仕組みが日常業務に見事にビルトインされていると言えるのではないだろうか。
看護師の人員不足や就労環境の悪化を原因として、職種別でみた満足度は全国ほとんどの病院で看護師が最低となっているが、阪南中央病院では、看護師の満足度も職種別の平均値を大きく上回り全国最高レベルにある。
病院職員の最大勢力はなんといっても看護師であり、看護師の質やモチベーションが病院全体の雰囲気を左右することは間違いない。高いレベルの仕事をしたいという看護師のモチベーションが、自分自身が成長できる実感とともに職場の雰囲気や医療の質を底上げし、阪南中央病院全体に波及効果を生んでいるように思われる。
プロとしての厳しい環境が、優れた人材を集める
阪南中央病院では、教育システムにもユニークな仕組みを取り入れている。とくに、各病棟の師長クラスが参加する管理者研修は、残酷とも思えるような厳しいプログラムである。
この研修では、研修前に各職場のスタッフによって研修参加者の評価(=上司評価)が行われ、研修中にその評価結果が本人にフィードバックされるとともに、他の参加者にもオープンにされる。参加者は否が応でも自分と他の参加者の評価の差に向き合わざるを得ず、実力や人望のない人材は変わらざるを得ない。
病院というプロ型人材が集まる組織管理の上で、「プロとしての厳しさ」を追求することは重要なポイントである。とくに組織を引っ張るリーダーに求められる役割は重要である。阪南中央病院の考え方は、「上司たるもの、こんな人になりたいという職場のあこがれの存在でなければならない」と明快であり、そのようなリーダーが要所に配置されていなければ人材不足の医療界において優秀な人材は定着しない。
阪南中央病院は、病床数235床に対して看護師の在籍者数は従来から210~220名の水準を確保しており、7対1看護への移行にも無理な採用を行わずに対応できている。
厚めの人員配置の結果として、年次休暇の取得率も高く、実労働日数は平均約217日と一般的な病院より50日程度も少ない。また、外部研修への参加も3分の1が日勤扱いとなるだけでなく、部署ごとの職場積立金で職員の研修参加費を支援し合ったりするような雰囲気の良さも魅力的である。
「お給料が高くなくても、きちんと休みを取得できることや、自分が理想とする看護を追求できる環境であることの方が、若い看護師にとっては重要です。新卒者には阪南中央病院は規模も小さくてあまり人気がないのですが、大きな病院に就職して疲れ果ててしまったり、病院の看護方針に疑問を持った人たちが、当院の評判をクチコミで聞いて応募してくることも多いです」(石川看護部長)
結果的に、看護師の採用活動にもそれほど困らない状況となっていることは、容易に想像がつくだろう。
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阪南中央病院を訪れると、職員同士の会話や雰囲気の自由闊達さに驚かされます。会議には誰でも参加でき、経営状態もオープンにされ、フランクにものを言い合う大阪弁でのコミュニケーションが実に心地良く感じます。この病院の職員満足度が高い理由として、“オープン”で“フランク”であることも重要なキーワードだと思われます。
ただし、具体的な取り組みをうかがうと、十分に計算された『場』や『仕組み』によってモチベーションが高く導かれ、一朝一夕に実現されたものでないことがわかります。一人ひとりの職員が、病院としての理念や目標に納得し、プロとしてのプライドや成長への裏づけを感じられることが重要で、小手先だけの管理や制度だけで人を惹き付けることはできないという思いを新たにしました。
(参考) 2007年度病院職員満足度調査結果の概要