オランダの医療制度改革に学ぶ

「オランダの医療制度が欧州ナンバーワンの評価」でも触れたように、オランダは1980年代から医療制度改革を推進し、『保険者間の管理競争の導入』という基本原則を追求することによって、今日のような質の高い医療システムの構築に成功しています。

「管理競争」とは?

オランダの医療制度改革は、1987年に示された「デッカー・プラン」と呼ばれる改革案に端を発しています。当時のオランダは、現在の日本のように、政府による規制強化の結果として医療資源配分の非効率化や医療サービスの質の低下が表面化していたのですが、当時の政府委員会は従来の方針(政府による直接規制)とは全く異なる市場志向型の改革案を示しました。

ただし、いくら市場志向と言っても、米国のように完全な自由競争に委ねたわけではありません。「社会保険の原則である公平性(すべての個人の医療サービスへのアクセスの保証)を確保しつつ、保険者(疾病金庫・民間保険)や医療機関への財政的な規律づけを通して、医療システム全体が効率的に運営されること」を目指したのです。このような取組みを称して「管理競争」と呼んでいます。

図1は、「デッカー・プラン」が示した管理競争の概要を示したものです。

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  • 個人が支払う「社会保険料」は、直接保険者に支払われるのではなく、いったん中央基金に集められる。
  • 中央基金は、各保険者に加入している被保険者のリスクを調整した「リスク調整プレミアム」を配分する。
  • 個人は、保険者を自由に選択することができ、各保険者が定める「定額保険料」を支払う。
  • 保険者は、診療報酬を医療機関と自由に契約することができる。

リスク構造調整の仕組み

ここでポイントとなるのが、国の責任のもとで運営される中央基金(=リスク構造調整機関)の存在です。

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「リスク構造調整プレミアム」とは、わかりやすく言うと、若くて健康な加入者が多く医療費があまりかからない(=リスクが低い)保険者よりも、高齢者や有病者が多くて医療費がたくさんかかる(=リスクが高い)保険者に保険料を多く配分する仕組みです。(図2)

オランダでは、制度導入当初は「年齢」と「性別」だけで各保険者のリスク量を算定していましたが、その後「居住地」や「障害の有無」などリスク要因を追加して、よりきめ細かくリスク調整が行われるように改善が続けられています。

保険者間の管理競争

良く知られているように、米国では無保険者が多いという問題があります。これは、米国の保険会社が自由競争に委ねられ、各保険会社間のリスク調整を行う仕組みが無いため、疾患リスクの高い人を保険に加入させない『クリーム・スキミング』と呼ばれるような行為(リスク選択)が横行していることも原因のひとつです。

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これに対して、オランダのように保険者間のリスク構造調整が精緻に行われる仕組みがあれば、リスク選択への誘因を排除することができます。各保険者の財務内容や経営効率の違いだけで保障内容や保険料に差がつくような適正な競争状態をつくり出すとともに、加入希望者をすべて受け入れること(Open enrollment)を各保険者に義務付け、すべての国民が保険に加入する権利を保障しています。(図3)

このように、オランダの各保険者はリスクの大きさを心配することなく、できるだけ安い保険料で充実した保障内容や顧客サービスを提供することに専念した経営努力が求められました。結果として、保険者間の競争が進み、2001年に70社以上存在した保険者は、2006年には30社程度にまで再編統合されたのです。

※参考文献:佐藤主光「医療保険制度改革と管理競争:オランダの経験に学ぶ」『18年度海外行政実態調査報告書』会計検査院

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日本では、診療報酬は全国一律で差が無い代わりに、負担する保険料には保険者間で大きな差が存在しています。しかし、各個人が加入する保険は居住地域や職場で自動的に決められ、保険者を自ら選択することはできません。国による規制のもとで保険者間に競争原理が働かず、経営努力が促されない状態が続いています。

オランダが目指した管理競争は、当初はさまざまな問題もあったようです。しかし、20年以上の期間にわたって、「政府の役割は、保険者や医療機関を直接規制するのではなく、保険市場や医療サービス市場の適正な競争条件を管理することだ」という「基本原則」がぶれることはありませんでした。

オランダの医療制度は、国際的な第三者機関からヨーロッパで最高の医療システムだと評価されていることからもわかるように、成熟の域に達していることは間違いないでしょう。オランダの成功に誘発されて、現在では、他の欧州諸国の医療制度改革にも、管理競争という考え方が積極的に取り入れられるようになっています。

日本でも医療制度改革が叫ばれて久しいですが、さまざまな規制を温存したまま、場当たり的な診療報酬の引き下げや、公費(税金)の投入を繰り返すばかりで、改革の方向性がはっきりと見えていないように思います。オランダの「基本原則」から学ぶべきことも多いのではないでしょうか?