ミスタージャイアンツ長嶋茂雄氏が現役時代に最も気にしていた数字をご存知ですか?
ほとんどの方は打率やホームラン数、あるいはチームの順位や勝率だと考えるでしょう。さまざまな成績が記録として残る厳しいプロ野球の世界では当然のことです。
しかし、長嶋さんは驚くべきことに『テレビの視聴率』や『観客数』をもっとも気にしていたということです。言われてみれば、ファンが自分たちのプレーに満足しているかどうかを知るには絶好の数字(指標)ですね。真偽のほどをご本人に直接確認したわけではありませんが、彼は本能的にファンあってのプロ野球だということを感じて、日々の練習や試合に取組む上での励みにしていたのでしょう。そして、そのことを客観的に把握できる指標としてテレビの視聴率を常に意識していたのだと想像することはできます。
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さて、肝心の医療のことに話題を進めましょう。もし長嶋さんが医療機関を経営していたとしたら、もっとも気にする数字はなんでしょうか?それがおそらくこのコラムのテーマである『患者満足度』だと考えられます。
プロ野球選手が打率を上げたりエラーを減らしたいと努力するように、医師や職員の皆さんが治療成績を上げたり医療安全に取り組んだり、医療レベルを高めることが重要なのは言うまでもありません。ただ、長嶋さんがファンの目線を常に気にしてプレーしていたように、患者さんに「この病院にまた来たい」、あるいは「知っている人にも自信をもって勧めよう」と思っていただけたかどうかを知ることも大事なことです。提供している医療やサービスの状態を患者さんの目線で常に確認して課題の改善に取り組むことや、患者さんに喜ばれていることを実感してプロとしての仕事に誇りを持ち、モチベーションを高めることにもつながります。
このように考えると、『視聴率』と『患者満足度』とは似たような関係にありますが、重要な違いが1つあることにお気づきでしょうか?
『視聴率』というのは番組の質を表すだけでなく、スポンサーからの広告料が決まるなど経済的にも大きな影響を持っています。そのために『視聴率』は中立的な調査会社が厳格な基準で調査し、一般にも公表されています。ところが、日本の医療界には現在のところ『視聴率』のような絶対的なモノサシは存在しません。巷には『良い病院ランキング』などの情報が氾濫していますが、医療者の中でこれらの情報を信じている人はほとんどいないでしょう。調査内容に対する信頼性や客観性が決定的に欠けているからです。
ただし、同じようなことが医療の世界でも今後起こってくる可能性は十分にあります。日本よりもはるかに医療の自由化が進んでいる米国では、すでにさまざまな保険者によって医療の質と医療機関への報酬とを連動させようとする取組みが始まっています。そして、治療結果や医療安全などの指標だけで医療の質を評価するのは不十分であり、『患者満足度』が3割から5割程度のウェイトを占めるような評価方法が一般的に採用されているようです。すなわち、—『患者満足度』が高いほど医師や病院の収入が増える—という経済メカニズムができつつあるのです。もちろんこの場合の『患者満足度』は、医療機関が独自で調査したデータではなく、第三者機関による客観性の高い評価指標を使用しています。
これまでの日本では、質の高い医療を提供しようとすればするほどコストがかかり、利益が減ってしまうというジレンマを医療機関の経営者は抱えてきました。しかし、日本の社会保障制度は大きな変革期を迎えています。限られた財源の中でより質の高い医療を求める社会からの要請に応えるため、医療の質を適正に評価して病院毎の診療報酬に反映させるような、経済的なインセンティブを導入する動きも加速してくると思われます。
ひとりひとりの患者さんが病院に求める期待やニーズにどれだけ応えられたかを総合的に判断し、適正な医療資源配分を実現していくためにも、今後ますます『患者満足度』が重要視されることが望まれます。