病院 『情報開示と説明責任~患者が求める外来のあり方』

0605byoin.gif医学書院 『病院』 2006年5月号
特集「外来機能はどうあるべきか」
株式会社ケアレビュー
代表取締役 加藤良平

 

あるフォーラムの様子から

はじめに、私の知人が開催したレーシック(近視矯正手術)フォーラムの様子をご紹介したい。このフォーラムは、これから手術を受けようと考えている人や、レーシックに関心のある一般の人に対して、手術方法や適応範囲、術後管理の方法、安全性やリスク等についてわかりやすく紹介することを目的として、専門の眼科医4名によるシンポジウム形式で開催されたものである。最近ではレーシックに関する情報は雑誌やインターネットでもさかんに紹介されているが、複数の専門医による話を生で聞くことができる機会とあって、200名程度収容できる会場は満員の盛況であった。

パネリストとして登壇した4名の医師はいずれも相当の臨床・研究実績を有しており、治療方針や患者への説明などしっかりとした見識を持っている印象を受けた。参考までに各医師の人物像は以下のとおりである。

  • 医師A:術後の患者の不満や、医師の経験不足による適応ミスの事例を紹介する、誠実さが感じられるタイプ。
  • 医師B:臨床実績豊富な自信家で、リスク説明や術後の患者サポートにも力を注ぐ、如才ない優等生タイプ。
  • 医師C:研究実績や治療成績の高さを強調。自分自身も手術経験を持つ、医師のリーダーシップが感じられるタイプ。
  • 医師D:安易な適応拡大には反対。患者の価値観を重視し、医師選びの重要性を力説する、親しみの持てるタイプ。

私は会場に集まった参加者の反応が気になり、フォーラム終了後に参加者へのインタビューを行った。まず「あなただったらどの医師を選ぶか?」という問いに対しては、特定の医師に人気が集中することはなく、理想とする医師像には予想以上に個人差があって、個人の価値観が多様化していることをあらためて感じさせられた。また、このフォーラムに参加して「医師が本音で語る生きた情報」に対しては、すべての人が好意的な反応であった。

「患者の望む外来機能のあり方」というテーマで話を進めるにあたって、「個人の価値観によって医療に求めるものは異なる」ことと、「医療に関する情報を積極的に求める消費者が増えている」ことは重要なポイントだと思われる。

 

患者の価値観の多様化

私の会社では医療機関の「患者満足度」をモニタリングするサービスを運営しているが、そのなかから興味深いデータの一部をご紹介したい。

まず私たちは「個々の患者の価値観やニーズによって満足度に影響を与える要因は異なる」という仮説を立てた。これは医療界ではこれまであまり議論されてこなかった視点ではないだろうか?実際に私たちが入手した多くの病院や研究機関の患者満足度調査では、調査結果を患者の年齢層や性別などデモグラフィカルな属性の違いで分析することはあっても、患者が求めるものとの関連において、それ以上の考察を加えているものは見当たらなかった。

<図1>患者の価値観に基づく7つのタイプ

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そこで私たちは、個々の患者が医療や病院に求める価値観やニーズを把握するための設問を患者アンケート設計の際に組み入れ、その回答結果からクラスタリングという分析手法によって患者をグループ化することを試みた。紙面の都合で詳しく紹介できないが、①治療方針への主体的関与、②時間的余裕、③メンタルサポート、④医療機関との関係、⑤治療の費用、といった価値軸に対する患者の嗜好性(好み)を判別し、その回答パターンを解析することによって回答者を七つのグループに分類できるという結果を導き出したのである。

七つの患者タイプの名称は私たちの創作であるが、患者が求めている価値観やニーズがグループ毎に異なることを検証するために、重回帰分析による患者満足度への要因分析結果も紹介する。

<表1>外来患者タイプ別の満足度分析

患者タイプ名称 患者数割合 切片 設問群
受付・支払 診察・検査 評判
皆保険万歳! 24.30% 34.7   0.36 0.22
病院はパートナー 20.00% 41.8 0.13 0.32 0.12
とことん最新快適 15.90% 29.1 0.11 0.55  
治療のためなら我慢 15.70% 31.8 0.09 0.43 0.15
なんでも自己主張 10.70% 27.7 0.26 0.25 0.20
ゆっくりメンタルケア 9.10% 18.0 0.22 0.40 0.18
中庸・意思表示困難 4.30% 0.0 0.30 0.70  
全外来患者 100.00% 28.3 0.17 0.38 0.14

 

この<表1>は、昨年当社が調査を実施した病院の外来患者の総合的な満足度(「この病院をまた利用したいか?」「この病院を知人にも勧めようと思うか?」など)に対して、それぞれの患者タイプ別に設問群が与える影響の強さを表示したものである。例えば、[ゆっくりメンタルケアタイプの患者満足度(%)=18.0+(0.22×受付支払+0.40×診察検査+0.18×評判)]という回帰モデル式で表され、係数が大きい要因ほど強い影響があることを示している。

<表1>では、全外来患者の平均値よりも係数の大きい設問群を網かけしてあるが、それぞれのタイプの患者が重要だと考える要因パターンはすべて異なっている。ちなみに、男女別や年齢別でも同様の分析を試みたが、属性の違いによって特徴的な差異を発見することはできなかった。すなわち、従来のようにデモグラフィカルな分析をしたところで現場の運営には役に立たず、個々の患者の期待やニーズを把握することの重要性が定量的にも証明される結果となったのである。

一般産業界においては、自社のターゲットとする顧客を明確化して事業戦略を構築するのはごく当たり前の経営手法である。例えば同じ街角のコーヒーチェーンでもドトールとスターバックスとではターゲットとする顧客セグメントが異なるため、店舗立地、設備のグレード、接客態度や価格などは明らかに異なっている。消費者の立場から見ても、それぞれの店舗やサービスの特徴がわかりやすく示されているために、ドトールに行ってスターバックスの雰囲気を要求する人はいないし、なるべく安くすませたい時にはスターバックスには行かない。

個人の価値観の多様化が進む現代社会において、医療機関だけが例外ということはあり得ない。「すべての患者を100%満足させるような医師や病院は存在し得ない」のである。最近の日本の医療界では、「患者中心の医療」という考え方が普及しているが、実際の運営において患者の価値観やニーズに目を向ける努力が不十分である。

当社ではこのような研究をさらに進め、患者が期待しているニーズを明確化することによって、病院の特徴や優位性を発揮するための経営戦略やマーケティング支援も手がけている。

 

自由主義への流れ

(1) 国民意識の変化

昨年の総選挙結果を見てもわかるように、官から民への流れは決定づけられた。医療に関しても、国の社会保障制度への期待レベルは下がり、個人の選択に委ねる部分への期待割合は高まっている。

再び<表1>をご覧いただきたい。患者タイプ別の分類のなかで、現行の社会保障制度以上の医療に積極的な価値を見出さず、私たちが「皆保険万歳!タイプ」と名付けたグループの患者割合は全体の25%弱に過ぎない。それ以外の4分の3の患者については、時間、先進性、メンタルケア、継続性など人によって求めるものはさまざまではあるが、医療に対して社会保障以上の「何か」を求めているのも事実である。さらに、同じ調査の回答者のなかで、治療の費用について「より質の高い医療が提供されるのであれば費用は高くても良い」と考える人の割合は49%に達している。病院のタイプや地域によってこの割合には差があるが、すでに社会保障としての公平な医療から自由主義的医療を求める潜在的な需要がかなり高まっていることが推察される。

このような自由主義志向の患者は、『診療報酬と医療の質との間に適正な関係があることが納得でき、公開された情報によって自分で医療機関を選ぶことができる仕組み』があれば、個人のニーズに応じて学習と選択を始めるはずである。年功序列から能力成果主義への賃金体系への転換が進み、株式投資によってリスクとリターンの関係を理解する個人投資家が増えている世の中である。結果として生じる格差を許容するような社会的価値観も、今の日本では急速に浸透しつつあると言えよう。

(2) 情報開示と説明責任の問題

しかし、ここで指摘しなければならない重要な問題は、医療機関によるディスクローズ(情報開示)とアカウンタビリティ(説明責任)が不十分なことである。

救急車で搬送されるようなよほどの急性疾患でない限り、自分で医療機関を選択したいと考える人は増えている。にもかかわらず、必要な情報を入手できずに困っている人は多い。広告規制によって医療機関からの情報開示が規制されてきたこともあって、一般消費者(=患者)が病院からのわかりやすいメッセージに触れる機会は少ない。市場原理に基づいて行動する人々を支えるのは、公開された正しい情報である。

では、患者はどのような情報や仕組みを求めているのだろうか?

インターネットの普及によって、情報が人々の行動を劇的に変える事例が増えてきた。最近では、価格比較検索サイトで価格と品質・性能を事前にチェックしてから小売店やオンラインショップで買い物をする人が増えているし、ホテルの予約サイトでは、施設から提供される情報とともに先に宿泊した人による評価コメントを参考にしながらサービスレベルを予測して宿泊するホテルを選択することができる。

このように人々が求める情報を整理していくと、①品質・機能の事前チェック、②価格の事前チェック、③比較選択(品質・機能と価格とのバランスチェック)、の3点に集約されてくる。おそらく医療機関に求められる情報にも同じことが言えるように思われる。

インターネット上では広告規制が及ばないこともあって、病院のホームページ等では多くの情報が公開されるようになってきた。しかし、いろいろな病院のホームページを閲覧しても、経営理念や標榜診療科などの情報だけでは違いがよくわからない。多くの病院が伝えようとしているメッセージは、「すべての患者さまのために、最高の医療を提供します」ということであるが、これでは患者が必要としている情報とは言えない。

 

患者が求める外来のあり方

(1) 統制管理よりも一部市場化

患者は一人ひとり異なる価値観をもっている。先ほどの当社の患者タイプ分析から説明されることは、受付や会計のスムーズさを積極的に評価する人もいれば、とにかく医師の臨床能力やコミュニケーション能力が大事だと考えるタイプの人もいる。あるいは周囲の風評だけで医療機関を選ぶ人もいれば、他人が何と言おうと医師との信頼関係を第一に考える人もいる。外来機能の分化について行政や専門機関などでさまざまな案が検討されていることは承知しているが、外来初診料に格差を設けたことによって患者が大病院に集中してしまったように、いくら制度設計者が企図したところで、患者や医療機関の行動が思うように変わらなければ外来機能分化議論は画餅に帰する。すべての人を画一的な統制施策でコントロールすることにこそ無理がある。

このような考え方の対極にあるのが「市場化」である。つまり「統制管理」よりも『診療報酬と医療の質との間に適正な関係があることが納得でき、公開された情報によって自分で医療機関を選ぶことができる仕組み(=市場)』を整備することのほうが重要ではないだろうか。必要な情報さえ与えられれば、①自分の価値観やニーズに従って自己学習し、②期待される医療の質と価格との関係を検証し、③複数の選択肢の中から自分に最適な医療機関を選択する、というように患者は自らの行動を変えていくであろう。

ただし、米国のように完全な自由主義に移行してアクセスが制限されたり医療費が高騰することには大きな抵抗が予想される。私自身も完全な自由化は望んでおらず、最小限のセーフティネットは必要だと考えている。想定される落としどころは「医療の一部市場化」である。

(2) 一部市場化の具体案

それでは、外来医療における一部市場化に向けた具体的なイメージを提言させていただきたい。

市場を機能させるには診療報酬の自由化が必要であるが、保険制度上の診療報酬と、それを超える部分との2段階に分けて考える必要がある。これが外来医療の一部市場化である。

まず保険適用される診療報酬については、国民皆保険が保証する最低限の医療に市場原理を導入する必要性は感じられず、少なくとも同一地域内における医療機関の保険点数は一律に設定されるべきである。その上で、保険ではカバーされない患者のニーズに対する特定療養費を大幅に拡充し、病院や診療所で自由に料金設定が可能なオプションサービスを導入してはどうだろうか。

過去の多くの研究から指摘されるように、外来患者の満足度に大きな影響を与えている要因は「医師」と「待ち時間」である。影響が大きいということは、それだけ市場がメリットやデメリットを認識しやすく、満たされていないニーズが存在している分野であるとも言える。したがって、その関連分野でわかりやすいニーズに対応するサービスから市場を形成していくことが望ましい。

このような観点から、すぐにでも導入可能だと考えられるオプションサービス(特定療養費)の新設案を<表2>に示した。想定される効果は、「時間的コスト」と「医療の質」について市場を通した料金(価格)の適正化が図られることである。

<表2>外来診療オプションサービス(案)

種類 料金設定基準 患者にとっての付加価値
予約診療 医療機関別に自由設定 時間:待たなくても診てもらえる
時間外診療 医療機関別に自由設定 時間:時間外に診てもらえる
医師指名 医師別に自由設定 医療の質:特定の医師に診てもらえる
コンサルテーション 医師別に自由設定(時間制) 医療の質+時間:特定の医師からじっくりと説明を聞ける
主治医契約 医師別に自由設定(月額制) 医療の質:特定の医師に総合身体管理を任せられる

(3) 医療の質の市場化とは

医療者は「医療の質」と言うと臨床データに基づく治療成績やリスクマネジメントの情報をイメージしがちである。確かに臨床データは医療の質を測定するためには非常に重要なデータではあるが、専門性の高い臨床データを患者が適正に判断するのは難しい。厚生労働省は医療機関別の情報開示を義務化する方針を打ち出してはいるが、例えばある疾病の手術件数や5年生存率がわかったところで、その結果を出した医師はすでに他の病院に異動しているかもしれない。

それよりも、とくに外来診療において患者が事前に知りたいのは、「自分が医療機関を訪れたときに、どのような医師が、どのように対応してくれるのか?」ということである。最初に紹介したレーシックフォーラムの参加者が満足して帰ったのは、医師の本音を聞くことができ、しかも複数の医師を比較選択できる機会に恵まれたからであった。これはなにも自由診療に限ったことではなく、保険診療においても確実に存在する患者ニーズである。医療機関別に機能分化させることよりも、ひとりひとりの価値観に合った医師を選択できることが患者にとっての「医療の質」を高めることだと考えても良いのではないだろうか。

<表2>で医療の質の付加価値がすべて「特定の医師・・・」となっており、料金を医師別に設定しているのはこのためである。この方式であれば患者に対する付加価値は明確であり、オプション料金として追加負担を求められても患者の納得感を得られやすい。
これを実現するためには、医師個人の専門分野や経験、当該疾患に対する治療方針、リスク説明や意思決定に導くコミュニケーションスタイルなどについて医師自らが情報開示を行い、説明責任を果たすことが求められる。そして、適正な情報開示が行われて患者の選択の自由が保証される限りにおいて、料金設定を完全に自由化して市場原理を導入しても問題ないと考える。当然ながら医師別に料金格差がつくことも想定されるが、優秀な医師が適正に評価されることによって医師のモチベーションを高める効果も期待できる。医師の能力や時間コストが適正に報われる仕組みができてくれば、開業などで流出が続く病院の医師を呼び戻したり、不足が指摘される総合診療医や小児科医を増やすことにもつながるのではないだろうか?

 

最後に

外来医療の一部市場化は、結局は患者負担の増加につながるものである。「患者の望む外来機能のあり方」というテーマに対する結論としては違和感があるかもしれないが、その負担が患者にとって明らかな付加価値をもたらし、患者にとって納得できるコスト負担の範囲内であれば、支払っても良いと考える人は多いと思われる。市場原理を導入して質の高い医療を受ける機会が増えれば最終的には患者のメリットとなるものであるし、自由主義経済を謳歌し、成熟した社会に生き、教育レベルも高い多くの日本人は、「医療の質を高めるためにはコストがかかる」という単純な理屈を理解できるはずである。

ただし、その追加支出を行うかどうかを判断する権利は患者にあり、医師や医療機関に情報開示義務と説明責任が伴うのは必然である。社会保障としての日本の医療が財政的にも人材的にも危機的な状況下では、透明性が高くガバナンス機能が働くように業界構造を変革する必要があり、その過程において情報開示義務や説明責任を果たせない医師や医療機関が市場から淘汰されるのも、患者が求める医療の質の観点からは仕方がないことだと思われる。