NEC ビジネス情報サイト 『WISDOM』 2005年9月
あなたは、病院で何か問題があった場合、面と向かって文句を言えるだろうか?
商店やレストランのサービスには文句が言えても、医療に関しては、口をつぐんでしまう人が多いだろう。命や健康にかかわるサービスは、何よりも真剣に選びたいはずなのに、病院や医師の評価は、噂や、口コミ的な情報としてしか流布しない部分が大きい。近年、患者へのアンケートから作成された病院のランキング本が、定番的なベストセラーになっているのは、その状況を表す事実のひとつといえる。私たち患者側のニーズは、はっきりしているのだ。
そのニーズに応えるべく、2004年11月に創業されたのが、株式会社ケアレビューである。日本で初めて「患者満足度をモニタリングする」専門サービスを提案し、医療分野に特化した「高度なアンケート調査を、継続的に実施する仕組み」を構築した企業だという。代表取締役の加藤良平さんにお話をうかがった。
「これまでにも、病院が患者さんにアンケートを取ることは、なされてきました。しかし、誰が書いたのか特定されやすいと、あまり悪いことは書けないんです。集計すると、満足度の平均値がどうしても高くなり、病院側が自己満足しがちになってしまいます。患者と病院の間に、私たちがニュートラルな立場で入ることで、リアルな意見が受け止められます」
これは重要な違いだ。仮に無記名であっても、病院側の人と直接やりとりをするのであれば、あまり悪いことは書きにくいというのがホンネだろう。しかし、これだけなら、従来から医療ビジネスのコンサルタント会社が提供しているサービスと、あまり変わらない。ケアレビューの手法が他と違うのは、他の病院との比較が念頭におかれていることだ。病院ごとに違うフォーマットのアンケートを使っていては、その病院のことしかわからない。外来用、入院用など、内容の違いを持たせた「汎用のアンケート」を、すべての病院で使うことによって、病院同士の数値的な比較が可能になり、しかもコストも大幅に削減できる。違いは、そこにとどまらない。
「ケアレビューのアンケート項目で、他にはないものが一つあります。病院に寄せる期待、要望を把握するための設問を組み込んであるところです。従来、病院のアンケートは、年齢、性別、病名といった分類のみで分析がなされてきましたが、私は、病院への期待という分類でも、分析したいと考えました。というのは、従来の医療業界では、病気を治すことばかりが重要だと考えられて、病院や治療のプロセスに何を求めるのかという、患者さんそれぞれの気持、価値観には、ほとんど焦点があてられてこなかったからです」
言われてみれば確かに、一口に「患者」といっても、いろいろな人が居ていろいろなニーズがあるはずだ。ケアレビューがアンケートで計測する「患者満足度」とは、普通のビジネスであれば今や当たり前になりつつある「顧客満足度」を医療という業種にあてはめた指標なのだ。
さて、このコラムのテーマは「楽しい仕事」である。私が今回、ケアレビューという会社に興味を持ち、加藤社長に取材させていただきたいと思ったきっかけは、実は、高校時代の友人が、同社に転職したことだった。それまで、仕事に対する疑問や不満をよく口にしていたのが、転職したとたんに、見違えるように生き生きと、自信を持って仕事に取り組むようになったように見えたからだ。もちろん、創業間もないベンチャーで、社員数も少なく、一人ひとりの責任や業務の範囲が大きく、やりがいがあるという一般的な理由もあるだろう。しかし、加藤社長がケアレビューを起ち上げる経緯をうかがっている中で、会社を良くするのにも、病院を良くするのにも、ひとつの大きな共通点があることに気づいた。
加藤社長は、都市銀行でコーポレートファイナンスなどを担当した後、ITベンチャーのCFOや、商社の経営企画室を経て、大手医療法人の経営企画に携わった経験をお持ちだ。病院の経営改革を進めるうちに、マネジメントの3要素とされるヒト・カネ・モノの中で、もっとも重要なのが「ヒトのマネジメント」だと実感したという。単純にいえば、どうすれば現場のスタッフに、やる気を出してもらえるかということだ。
現在の日本では制度的な限界があり、医療の現場が努力して成果を上げても、報酬に反映されるわけではない。だったら、彼らは何のために、仕事をしているのだろう?
「医師や看護師にインタビューしてみると、誰もが『患者さんのため』と答えました。それは本心だと思います。志はあるにもかかわらず、ガンバリが報われない現状がある。では、お金以外のもので、彼らを認めるにはどうすればいいのか。それは、患者さんの嬉しかった気持ちや感謝、ちょっとした指摘などを伝えてあげることだと思ったんです。それまで、医師や看護師は、ほめられる、認められるという経験が、あまりなかったようにも見受けられました」
確かに私たちは、よほどの難病でない限り、病気やケガがうまく治って当たり前と思っている。逆に大きなミスがあろうものなら、社会問題にさえなりかねない。日常的な病院とのつきあいの中では、形式的なお礼以上のものは、あまり言わないものかもしれない。
ケアレビューが提供するアンケートで、もっとも解答率が高いのは、実はその部分だ。「印象に残った職員がいたらメッセージを書いてください」という自由記述のセクションに書かれるのは、もちろん批判もゼロではないが、多くは実名の職員に対する、心からの感謝の言葉であり、用紙の余白が足りなくなってしまう場合さえあるという。患者も人間なら、医者や看護師も人間。やはり、自分のやったことが誰かの役にたったことが実感できる方が、やる気もわいてくるというものだ。ケアレビューに転職した私の友人も、仕事の内容が、人の役に立っていると実感できるからこそ、日々の仕事が充実したものになったことは想像に難くない。
仕事が充実して、楽しいものになるのは、ただ単に自分が「好きである」ということだけを追求すると、無理が出てくる場合がある。いくらサッカーや野球が好きでも、誰もがナカタやイチローになれるわけではない。病院でも自社でも、スタッフの「やりがい」を引き出すプロである加藤社長からは、こんなアドバイスをいただいた。
「『やりたいこと』だけを決めてしまうよりも、自分が『やれること』そして『やるべきこと』にも、よくアンテナを張っていれば、きっと『これだ!』という仕事が見つかると思います」
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村山華子 むらやま・はなこ
アーティスト。1980年東京生まれ。
2004年、東京芸大美術学部卒。05年、金沢工大大学院知的財産専攻卒。
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