誤解を招くかもしれませんが、せっかくMBAやMHAなどで経営に関する勉強を行っても、現在の日本の医療機関の経営環境下でその成果や能力を発揮することは困難だと思います。国による各種規制や行政指導が色濃く残り、国民皆保険制度による価格統制経済のもとでは、決められたルールに則って組織を管理するための能力や、質を落としてでもコストダウンを図るノウハウばかりが求められ、経営者の能力はそれほど問われてきませんでした。
しかし、2007年4月からの第5次医療法改正を境にして、日本の医療経営環境は大きく変わろうとしています。経営者としての能力が求められる時代が到来しようとしています。
第5次医療法改正の中で私がもっとも注目しているのは、「医療機能情報公表制度」が創設されたことです。この制度の創設により、各都道府県が医療機関別のかなり詳細な医療機能情報(診療内容、人員配置や患者数などを含む)の報告を求め、その情報がインターネット上で公表される仕組みが2008年度中に整備されることとなります。引続き広告規制は残るものの、今後はかなりの情報がガラス張りになり、「公開された情報に基づいて利用者が自己責任で医療機関を選択する」という市場原理を国が後押しすることを意味します。さらには、世界各国で進行してきた「Pay for Performance(P4P:医療の質的評価に基づく医療費支払)」の流れが波及し、日本の医療界でも価格調整機能が何らかの形で市場に委ねられることにつながる可能性も感じられます。
同時に実施される「医療法人制度改革」では、医療機関の公益性を高めるための方策として「社会医療法人」が創設され、ガバナンスの強化や情報のディスクローズが求められることと引き換えに、病院債の発行など新たなファイナンスの道も拓かれようとしています。私は営利企業(銀行、商社、ITベンチャー)でのマネジメント経験を経て民間医療法人経営に参画しましたが、かのピーター・ドラッカー氏も指摘されたように、多種多様な有資格者の集団である病院経営は、営利企業以上に高度で刺激的なマネジメントが求められます。諸外国のように営利企業が病院経営を行う道は閉ざされていますが、非営利組織経営ならではの経営の醍醐味や社会的意義も感じることができる環境が整ってきたことによって、優秀な人材が医療界にもどんどん流入することが期待されます。
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当社が医療やサービスの質の重要な評価指標である患者満足度や職員満足度を測定する事業を開始して2年ほどになります。創業当初は手探りの部分もありましたが、最近ではとくに他の医療機関との比較(ベンチマーキング)や、同じ医療機関の調査データを時系列で追跡(モニタリング)することに対して、クライアントである病院の経営者の方からの評価も高まってきたように感じられます。
これが当社の情報分析力に対する評価が高まっているのであれば嬉しいのですが、それよりも実は、「患者さまやスタッフは病院経営者が想像する以上に病院のことをよく見ている」ということが客観性の高い指標として可視化され、経営者の方の満足度評価情報に対する認識が変わってきたことが大きいように思います。
今回創設された「医療機能情報公表制度」では、患者満足度調査の実施の有無なども医療機関からの報告対象となるようです。患者満足度をエビデンス(医療の質的根拠)とする医療改革が進行していく予感がします。